シドニー 美容師生活11年。私のキャリアとその先。MIKA#海外美容師インタビューNo,6 

  • URLをコピーしました!

MIKA

オーストラリア・シドニー|フリーランス美容師


2014年にオーストラリア・シドニーへ渡り、在住11年。日系サロンでマネージャー・ディレクターを経験したのち、現在はフリーランス。美容師を軸に、ウェルネスサロンの運営や投資など、複数のビジネスを実践している。

Instagram  | @shinka_sydney

Instagram  | @mika_estyle

Instagram  | @yomogi_sydney

海外なんて、まったく考えていなかった。英語への憧れもなかった。それなのに、「次のステップは海外だ」と何気ない思いつきから3か月後にはシドニーへ。ビザのためのファームで“人生唯一の後悔”を味わい、「永住権を取るまでは帰らない」と決めて、シドニー在住11年。今は美容師を軸に、複数のビジネスを持つMIKAさん。その濃密な歩みと、たどり着いた「一つの仕事に依存しない生き方」を聞きました。

目次

海外なんて、考えたこともなかった

実は私、もともと海外志向なんて、まったくなかったんです。英語への憧れも、一切なくて(笑)。日本では、新宿で業務委託のスタイリストをやっていました。その前は、地元密着型のサロンで、アシスタントから5年ほど。業務委託でも、5年くらい。美容師を楽しくやって、プライベートも全力で楽しむ。いわゆる、パリピでした(笑)。

でも、30歳が近づいて、まわりが、お店を出したり、結婚したり、次のステップに進んでいく。そんな中で、「私はこのまま、遊んで、美容師をやって…これ、何になるんだろう」という、漠然とした不安が、大きくなっていったんです。

「ハワイ行きたい」から、3か月後にはシドニー

きっかけは、本当に些細な一言でした。友達と「日本、寒いね。ハワイ行きたいね」って話していたら、その友達が「ハワイで美容師やってる人、いるよ」と。「面白そう、話を聞かせて」と、すぐ会いに行きました。でも、その人の働き方は、私がやりたいものとは少し違った。ただ、その時にはもう、「私の次の道は、海外だ」と心が決まっていたんです。そこで初めて「ワーキングホリデー」を知って、「これなら、1年は海外で働ける」と、それで決めました。

私は、ピンときて、ワクワクするかどうかで決めるタイプなんです。それが今まで、自分の正解になってきた。国は、シドニー。人が多いところに情報は集まるし、都会が好きだったから。もう、響きで決めたようなものです(笑)。

父に100万円借りて、飛んだ

準備期間は、たったの3か月。ワーホリのビザを取って、航空券を取って。

問題は、お金でした。ハワイやグアムに旅行して、しかも毎日楽しく生きる事で全力だったので(笑)、手元にほとんど残っていなかった。それで、お父さんに電話して「100万円、貸してくれない?」って。「お前、何年働いてるのに、なんでお金がないんだ」と当時笑われましたね(笑)

人生唯一の後悔、ファームの3か月。

着いて3日後、私はファーム(農場)に飛びました。オーストラリアには「セカンドビザ」という制度があって、農業を3か月やると、ビザが1年延長できるんです。美容師を始めてから途中で3か月抜けると、貯めたお客様がゼロになる。だから、先にファームを済ませたかった。働くサロンの面接は、最初の3日で済ませてありました。

このファームの3か月が、私の人生で、唯一の後悔です。本当に、地獄でした。美容師を始めてから、美容師を離れたのが初めてで。しかも私は、虫も泥も砂も、本当に苦手なんです。それに、まみれる仕事じゃないですか(笑)。服はどうでもいい、メイクもしない毎日が、精神を削っていく。体力もなく、腰は毎日痛いし、握力もなくなる。「生きている気がしない」。行ったのはブリスベンの方でいい人ばかりだったので人には恵まれましたね。

セカンドビザとは?

最初のワーキングホリデービザ(通常1年間)が終了した後、条件を満たせばさらに1年間滞在できるビザです。

オーストラリアのセカンドビザ(Second Working Holiday Visa)を取得するために、多くの人が行うのがいわゆる「ファーム(Farm Work)」です。正式にはSpecified Work(指定労働)と呼ばれています。 

セカンドビザ取得には、88日(最低3か月相当)の指定労働が必要です。

セカンドワーキングホリデービザ(Subclass 417)公式ページ

申請条件、申請方法、必要書類、滞在条件などが掲載されています

泣きながら帰ったシドニー 美容師を再開

3か月を終えて、シドニーに帰ってきたときは、泣きました。「脱獄できた」みたいな気持ちで(笑)。これで、2年の滞在が確定です。

そこから、確保しておいたサロンで、美容師を始めました。英語が話せなかったので、最初は絶対に日系で、と。入ったのは、シドニーの日系では一番大きいと言われるサロン。私は、そこに11年勤めることになります。今年から契約はフリーランスに変えましたが、在籍はずっと同じ。ここで、マネージャーやディレクターも経験して、採用・育成・マーケティングと、「人・組織・ブランド」を動かす経験を積ませてもらいました。

英語は、カウンセリングから覚えた

渡航前、英語は勉強していませんでした。「行く前は遊び尽くそう」と思って(笑)。高校の文法が、うっすら残るレベル。スピーキングはゼロでした。

どう覚えたか。まず、カウンセリングの英語から。日本語で言うこと・聞くことは、だいたい決まっている。それを全部、英語に訳して丸暗記したんです。日常会話は、トピックが散らばるから難しい。でも、美容の言葉なら馴染みがある。だから最初は、美容のワードで固めました。当時はAIがなかったので、サロンのバイリンガルの人に「この言い方、なんて言うの?」と聞いて、文章ごと丸暗記。あとは主語や動詞を入れ替えれば応用できる。センテンスごと覚えていきました。勤務1週間で、もうお客様に入っていました。

BLUE CANVASの「サロン英会話AIアシスタント

日本語で入力するだけ。初心者&ネイティブ表現を音声付きで。

Google翻訳の直訳ではなく、美容室で本当に使う英語を。米・英アクセントの音声再生と速度調整、ポイント解説・現場アドバイス付きで即表示。

MIKAさん

サロンで実際に使うフレーズに特化していて、アメリカ英語とイギリス英語を選べたり、再生スピードを変えられたり、初心者向けの言い方とネイティブの言い方の両方が出たりする。何にも分からない状態の人からしたら、嬉しいんじゃないかなと思います。

永住権を取るまでは、帰らないと決めていた

実は私、渡航するときに「永住権を取るまでは帰らない」と決めていました。1年や2年で、満足のいく英語力や、海外のイロハが身につくとは思えなかった。中途半端なまま帰ったら、元の暮らしに戻るだけ。それに、永住権さえあれば、帰るのも残るのも自分で選べる。でも、ビザがないと、帰るしかない。自分で決められない状態が、嫌だなって。だから、永住権は取る。それが目標でした。この気持ちは、面接のときからボスに伝えて、「ビジネスビザが最短」と聞き、それを目指して働いていました。

予告なく外され、それでも諦めなかった

ところが、いざビジネスビザを申請しよう、というとき、シドニー 美容師が、永住権をサポートできる職業のリストから、何の予告もなく外されたんです。「私は、何のために頑張ってきたんだろう」。そう思いました。でも、「本当にダメだと決まるまで諦めない」と決めていたので、そのまま申請はして、働き続けました。

そうしたら、コロナをきっかけに、また美容師がリストに戻ってきた。世の中、何があるか分かりません。もしあそこで諦めて帰っていて、残った人が後から取ったと知ったら、後悔で眠れなくなる。だから、諦めずにいた。2021年、ようやく申請できたんです。ビザにはお金もかかり、英語テスト(IELTSで6以上)も必要で、休みも仕事終わりもテスト勉強。前の年は、何も面白くなかったです(笑)。でも、その勉強で英語力はぐっと伸びました。

ワーホリやビザの手続きは制度変更もあるので、サポートの手厚いエージェントに任せると安心です。まずは無料相談から → 【2026年最新】留学エージェントおすすめ比較4選|海外ワーカー15人に聞いた選び方

永住権は、ゴールじゃなくて手段だった

2021年、念願の永住権を取得。でも、取ってみて、気づいたんです。「これは、ゴールじゃなくて、ただの手段だった」と。

実は、取る少し前に、今の主人(オーストラリア人)と出会っていました。永住権を取ってからが、本当はすべてのスタート。取ったからといって、劇的に何かが変わるわけじゃない。ただ、その時にはもう、生活が二人のものになっていた。だから、「この人と人生を歩むために必要なもの」という位置に、永住権が変わっていったんです。

みんな「永住権が欲しい」と言います。でも、こっちは家も物価も高くて、そこそこの仕事だけでは生活できない。年を重ねるごとに色んな事を考えるようになる。それが、永住権なんだな、と。ゴールじゃなくて、その先の人生のための手段。ここから私は、「人生の再設計」を考えるようになりました。

美容師以外に、もう一つの柱を

再設計しようと思ったとき、ずっとあった思いが動き出しました。「美容師以外に、もう一つ柱を作りたい」2019年ごろ、コロナの時期に、オンラインでイラストを描いて売る副業を、始めていたんです。でも、やってみて気づいた。「これ、結局、私の時間をすごく使う。美容師と一緒だ」と。

次にやるなら、システムや人を使って、自分がいなくても回るものにしたい。育成に時間がかかり、資格も必要な美容師の現場を見てきたからこそ、そう思ったんです。そうして選んだのが、「よもぎ蒸し」でした。ちょうど今、ウェルネスサロンとして本格オープンするところです。融資は受けず、自己資金で。売上がゼロでも、契約期間の半年ぶんは払えるくらいは用意しましたね。

さらに2年前からは、個人投資家としても勉強しています。日本の家族に何かあったとき、せめてお金で助けられるように。「お金でお金を動かす」選択肢も持っておこうと思ったんです。オーストラリアは、高校生でも「どうやって家を買うか」を話すくらい、お金の話がオープン。挑戦しやすい国だな、と感じます。SNSでの発信からは、経営者とワーホリをつなぐミートアップや、起業したい人向けのセミナーなども、人との繋がりが出来上がってきています。

美容師という、絶対的な安心のカード

目先は、よもぎ蒸しを軌道に乗せること。そして最終的には、ビジネスを「M&A売却するところまで育てたい」と思っています。これも私に取って面白いチャレンジですし、その経験をしたら、また次の視座に繋がる気がするんです。

そして、これだけは言えるのが、「美容師をやっていて、本当によかった」ということ。もし自分の事業がうまくいかなかったとしても、美容師を同時進行で続けていれば、なんとかなる。私たちは、その「絶対的に安心なカード」を持っているんです。困ったら、美容師に戻ればいい。今も週2くらいで続けていて、回数は減らしたいけれど、細く長く続けたい。だって、美容師は、お金を生む素晴らしい技術ですから。ただ、50歳、60歳で、20代と同じ働き方はできない。1日20人もやったら動けません(笑)。だからこそ、賢く、別の道や同時進行を考えたい。ひとつの仕事だけではなく私たちだからこそ出来る色んな可能性を見つけていきたい。それが、私が大切にしている働き方です。

これから海外をめざす人へ

最後に、これから海外を目指す美容師さんへ。まず、日本で基礎をすべて固めてくること。お客さんを一発でつかむ話術・カウンセリング力・技術力を得てから来ると、選択肢が広がります。

そして、パーソナリティ。日本人らしいおもてなしは喜ばれるけれど、腰が低すぎるより、オーストラリアに住む人達の空気感に合わせて、親密になれる距離の作り方。その塩梅がうまい人は、お客様に受け入れられて、売れていきます。だから、日本にいるうちに、外国人の友達を作って、その距離感を身につけておくと強い。

あと、シャイになって「英語が得意じゃないと恥ずかしい」と思う気持ちは分かるけれど、気にしないでほしい。こっちは、セカンドランゲージで勝負しているんです。「汲み取るのは、あなたの仕事でしょ」くらいの強気でいい。発音が悪くても、文法が間違っていても、堂々と喋る。それに、準備しすぎて不安に飲まれる人も多い。でも、どんなに準備しても「まさか」が起きるのが海外です。お金を持って、ビザさえあれば生きていける。「死ななきゃいい」くらいの勢いで来てほしい。何かが起きてから、どうにかする力がある人が、結局、長く残ります。孤独を感じて泣く日もある。でも、その経験が自分を強くしてくれるし、新しい自分に出会えるきっかけになるんだと思います。

BLUE CANVAS編集部

シドニー 美容師歴11年のMIKAさんと今回のインタビューを通じて感じたのは、決して平坦ではなかった彼女の道のりですが、色んな経験の中から美容師を軸にしながら、いくつもの選択肢を自分の手で作り出していく力強さと、海外で長く歩んできた人だからこそ描ける、キャリアと“その先”の可能性を感じることができました。

MIKA

オーストラリア・シドニー|フリーランス美容師


2014年にオーストラリア・シドニーへ渡り、在住11年。日系サロンでマネージャー・ディレクターを経験したのち、現在はフリーランス。美容師を軸に、ウェルネスサロンの運営や投資など、複数のビジネスを実践している。

Instagram  | @shinka_sydney

Instagram  | @mika_estyle

Instagram  | @yomogi_sydney

✔︎マネージャー・ディレクターとしての経営経験。
サロンでは人材採用や育成、会社のマーケティングなどにも携わり、現場だけでなく「人・組織・ブランド」を動かす経験を積む。

✔︎ファッション・クリエイティブ業界でも活動。
シドニー・ファッションウィークに参加するほか、オーストラリアのファッションブランドのスチール撮影やMV撮影など、さまざまなクリエイティブの現場を経験。
またローカルヘアサロンから講師として招かれ、講座も担当。

✔︎美容師×ビジネスという新しい働き方へ。
2020年にはオンラインでイラストを販売するビジネスをスタート。美容師を続けながら6年間にわたり継続し、ゼロからビジネスを作る経験とノウハウを培う。

✔︎2025年、自身のウェルネスサロンをオープン。
これまで培ってきたブランディングやマーケティングの経験を活かし、美容業とは異なる分野でも自身のブランドを立ち上げる。

メインの仕事である美容師を大切にしながら、他業種でも自分自身のビジネスを持つことを実践。個人投資家としても挑戦中。ひとつの仕事だけに依存しない働き方を模索している。

✔︎SNSをきっかけに、人と人をつなぐ活動も。
Instagramではオーストラリアでの生活やリアルな情報を発信。その発信をきっかけにコミュニティが広がり、100人規模のイベントや起業セミナーなども企画・主催。

「美容師」というひとつの肩書きにとらわれず、可能性を広げながら好きな仕事を軸に人生そのものをデザインする。


interview

海外美容師インタビュー

執筆/監修

目次