
Ayuko 1990年年生まれ
オーストラリア・ゴールドコースト|AYU HAIR Gold Coast スタイリスト
石川県金沢市出身
地元金沢の大手 高単価系サロンで8年勤務したのち、2016年よりオーストラリアへ移住。
日系サロン、韓国系サロンを経て、2020年からフリーランス美容師として活動。
「自分らしさを求めてオーストラリアへ」そう話してくれたのは、オーストラリアのゴールドコーストで、10年近く美容師として生きてきた女性スタイリストです。地元・金沢のサロンを離れ、英語もほとんど話せないまま海を渡り、韓国系サロンで価値観がひっくり返るような経験をして、今はフリーランスとして、子育てと両立しながら海外美容師として働いています。「女性美容師として、どう生きるか」。その問いへの、彼女なりの答えを聞きました。
「何かを変えないと」そう思って、動き出した
私は18歳から、地元・金沢のサロンでずっと働いていました。バイトから入って、8年ほど。スタイリストにもなって、東京や大阪に出ることは、あまり考えていませんでした。
そんなある日、憧れの美容師だったかっこいい周りの背中を追っていく中で、ふと感じたのが、その時自分の周りにいた美容師さんや知り合いの美容師さんの中で、結婚や家庭などを持ってる人は男性が多い事に気付きました。実際周りから聞く話の中で、名前の知れた女性美容師さん数名が結婚されていても、そのあと実は離婚されていた、とういうような同じような話を聞いたり、知り合いが妊娠をしたときに、真っ先に会社から『もちろん諦めるよね?』というキャリアの選択を塞がれてしまう悲惨な話しをきいたり、、
当時、そういった中で、日本の美容業界では、女性美容師は女性としてだけではなく人して、家庭を築いたりすることが難しいのではないか?と自問自答し、自分のこれからの人生に置き換えて考え始めました。「このままだと、自分も同じような人生を送ることになるのではないか?」と、私は感じてしまったんです。
ただ美容師は好きだから、辞めるつもりはありませんでした。でも、自分の追いかけていく将来は、周りに左右されることなく自分で責任を持って選んで生きていきたい!そう思ったのが、動き出す一番のきっかけになりました。
なぜ、ゴールドコーストだったのか

最初は東京や大阪も考えました。でも、都会に行っても、女性美容師としての働き方は、日本国内では大きく変わらない気がしたんです。だったら、いっそ海外はどうだろう、と。
思い出したのが、高校生のときに2週間だけ行った、ニュージーランドへのホームステイでした。景色や、人の感じや、時間の流れ。あれは楽しかったな、と。ちょうど周りに、ワーホリ(ワーキングホリデー)に行く友達が3人いて、みんなオーストラリアでした。友達の彼氏が美容師で、すごく稼いでいて、サーフィンもして楽しそう。「私の想像どおりじゃん」と思って。
ゴールドコーストを選んだ理由は、正直に言うと、響きが良さそうで、あたたかそうで、のびのびしていそうだったから。田舎の出身なので、シドニーやメルボルンの都会より、海があってのんびりした場所のほうが、自分に合う気がしたんです。近くて時差もなく、情報も得やすい。いろんな条件がそろって、ゴールドコーストになりました。
語学学校は2週間で辞めた。すぐ働いたほうが伸びると思って

2016年、ワーホリでゴールドコーストに来ました。エージェントを通して、大学付属の語学学校に入りました。学費は月14万円と、当時としては高めの学校です。
最初に行った学校 Bond University College(BUC)語学学校
でも、2週間で辞めました。英語ができなさすぎて、一番下のクラスでもついていけない。「3か月通っても、そんなに伸びないかも」と思ったんです。それなら、すぐ働いたほうが伸びそうだ、と。若かったから、思い切りもよかったんだと思います。今、振り返ると少しは英語を学習してからオーストラリアに来たらよかったなと当時少し後悔したのを覚えています。
職場探しは、1通のインスタDMから
実は準備をしているときに、インスタで見つけた美容師さんに「いつか働かせてほしい」とDMを送っておいたんです。学校を辞めて「もう働きたいです」と連絡したら、「明日おいで」と。すぐ面接して、入れてもらえました。
当時は、美容師なら仕事はすぐ見つかりました。特に日系サロンは、スタイリスト=売上なので、いて困ることがない。ワーホリの子が入れ替わりで帰ってしまうから、いつも人を欲しがっていて、仕事さがしに行きづまることはなかったんです。
ただ、今は変わりました。人が定着して、日系サロンも少し減って。東京でバリバリやっていた子や、フォロワーが1万人いるような子でも、「週3からしか入れない」と言われる時代です。ここは昔と比べて大きく変わった部分だと思います。だから、来るなら準備が必要ですね。
韓国系サロンで、価値観がひっくり返った

2018年ごろ、韓国系のサロンで働きました。ここが、私にとって一番のターニングポイントです。
衝撃だったのは、同じアジア人である韓国人の美容師さんたちが、白人のお客さんに対して、圧倒的なパフォーマンスをしていたこと。ダイナミックなカット、圧倒的な速さ。これは、日本人からは学べないものでした。
見て、学ばせてもらううちに、自分の作れるスタイルの幅が、一気に2倍くらいに広がったんです。速さも、内容も。「これが、海外で経験したかったことだ」と思いました。美容師としての価値観が、大きく変わった時期です。
日本でがんばってきた技術が、そのままでは活かせないことにも気づきました。技術力が足りないというより、求められる髪も、トレンドも、まったく違う。同じ美容師なのに、マーケットが別物なんです。日本人美容師は、意外とオールラウンダーじゃないんだな、と感じました。
そして、フリーランス美容師へ。

2020年ごろ、パンデミックの時期に、フリーランス(個人事業主)になりました。ちなみにその頃、オーストラリアでは美容師は「やっていい仕事」に分類されていて、むしろ普通に働けていたんです。
見習いのがむしゃらな時期があるように、私にとっては韓国系サロンまでが、海外での「がむしゃら期間」でした。たくさん吸収して成長を感じたとき、やっと「女性として、もっとのびのび暮らしたい」というほうに、気持ちが向いたんです。それで思い切って辞めました。
今は、自宅の一室を使ったり、オーストラリア人の美容室を間借りしたり。フリーランスと社員雇用の違いは、はっきりしています。給料に守られて安心したいなら、社員雇用がいい。でも私は、給料より「自分が納得いく技術を、お客さんに提供したい」という気持ちが強いので、今はフリーランスが合っています。自分のライフスタイルや価値観を大切にしたい人には、向いていると思います。
英語は「なんとかなる」とは限らない
よく海外移住される方の中には「英語はなんとかなる」と言われることもありますよね。私も、そう思ってオーストラリアに来ました。でも、正直に言うと、私は全然なんとかなりませんでした。
日常のすべてが英語になって、1年くらい過ごして、ようやく、普通にコミュニケーションができるという感じでした。ただ、私は日本人のシェアハウスに住んで、日系サロンで働いて、けっこう甘い環境だったんです。だから正直1年以上かかった。もっと厳しくストイックに、オーストラリア人の家に住んだり、ローカルのカフェで働くような子なら、3〜4か月から半年くらいで一定レベルまでコミュニケーション出来るようになると思います。自分の身を置く環境次第で、英会話力にかなりの差が出ます。
これから来る人へ 。プランと、英語と、お金の余裕を

最後に、これからゴールドコーストに来る美容師さんへ。3つ、伝えたいことがあります。
美容師の英語を、勉強してから来る。
「この髪、どうしますか?」など、現場で何気なく言っている会話を、ある程度しっかり英語でコミュニケーションをとれるか?サロンで英語を話すイメージが大切。
お金の余裕を持ってくる。
目的にもよりますが、今であれば、語学学校3か月+仕事が決まるまでの生活費などを考えると、150〜200万円はないと不安かもしれません。
未来のプランを持ってくる。
永住したいのか、そうでないのか。自分の今後の海外生活プランをいくつかしっかり考えてからくるのがいいと思います。
特に3つ目は、昔と一番変わったところです。インスタのDMでご質問いただくことも多いですが、ワーホリのあと、どうしたいか。それが決まっていないと、質問に答えようがないんです。物価も上がっているので昔ほど気軽に来られる雰囲気ではないと思います。
そして、これは私の意見ですが、アシスタントで来るのは、おすすめしません。
美容師という仕事を、人生の大きなものとして全力でやりたいなら、絶対にスタイリストになってから。そうでないと、したいことはできない、と言い切れます。
美容師はどの場所でも働けるすごく良い仕事ですが、そこにはやはり一定の経験と技術があってこそ。なのでスタイリストになって自分自身の経験と技術でお客様に喜んで頂けるようになってからがいいと思います。
女性として、美容師として、どう生きるかを真剣に考えぬいて決断し、歩んできた自分らしいオーストラリアでの10年の美容師キャリア。組織を離れ、海を渡り、価値観をひっくり返され、今は子育てとフリーランス美容師を両立している。その姿は、同じように迷うだれかにとって、等身大の道しるべになるはずです。


