日本人のいない街へ。オーストラリア ワーホリ 美容師のリアル体験とキャリアの歩み方。山本 麻衣良#海外美容師インタビューNo,8 

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山本 麻衣良 (ヤマモト マイラ) 1999年生まれ|大阪出身

オーストラリア・パース|美容師


美容師。大阪・東京で腕を磨いたのち、2025年にワーキングホリデーでオーストラリアへ。メルボルンの日系サロンを経て、現在はパースのローカルサロンで活動中。

Instagram  | @maira.imunida

生まれはニューヨーク、育ちは大阪。「海外に行きたい!」その一心で、手に職として美容師の道を選んだ麻衣良さん。大阪、東京で腕を磨き、1年だけ業務委託で自分を追い込んでお金を貯め、2025年、念願のオーストラリアへ。今まさに、ワーホリの真っ最中です。日系サロン、二度とやりたくないファーム、そして「もっと自分を追い込むために」選んだ、日本人の少ない街パース。飾らない言葉で語られる、リアルなワーホリ挑戦を伺いました。

目次

海外に行きたくて、美容師の道へ

正直に言うと私は、絶対に美容師になりたかった、というわけじゃないんです(笑) 小さいころから、とにかく海外に行きたくて。生まれはニューヨークなんですけど、2歳で日本に帰ってきたので、英語は全然しゃべれないし、育ちは大阪です。それでも、なぜか、海外への憧れだけは、ずっと昔からありました。

高校を卒業するとき、進路を考えて、大学に行くのもピンとこないし、就職もしたくない、でも海外には行きたい。それなら、もし手に職をつければ、どこの国でも行けるなと思ったんです。ちょうど、父が美容師で(ニューヨークでもやっていたらしいです) 父の背中を見て、というわけではないんですけど、美容学生が楽しそうだったのもあって、「美容師なら、海外でも働けるかも」と。だから私にとって美容師は、海外に行くための、手段のひとつだったんです。

入社と同時に起きたコロナ。そして技術を求めて東京へ

最初は、2020年、大阪で就職しました。でも、就職と同時に、緊急事態宣言。梅田のサロンだったので、みんな人のいるところを避けて、お客さんも少ない。新人は別の部屋で練習、みたいな感じで。正直、あんまり楽しくなかったです。

そのサロンは、高単価なお店で、ブリーチがほとんどなかったんです。「なんで、ここにしたんやろ」と思って、一回辞めて(笑) 次は逆に、ブリーチやエクステ、ホワイトカラー、韓国アイドルみたいなカラーが強い、カラー専門みたいなお店へ。ブリーチはすごく上手になったんですけど、今度はカットもパーマもできない。「これ、カットができなきゃ意味ないな」と思って上京することにしました。

運よく、東京の有名サロンに内定をもらいました。ここでは、バレイヤージュやブリーチはどんどん学べるし、カットも学べる。2年半、しっかりやりました。ただ、そのサロンは、一つの強みに特化して、それでお客さんを集める人が多いサロンでした。私も、カットやナチュラルなスタイルは、一応デビューできるくらいのクオリティにはなったけど、そんなに上手ではない、くらいのレベルだったと思います。

海外へ行く為に決断。1年間の準備期間

ずっと、海外に行きたい気持ちがありました。ワーホリには年齢制限もあるし、コロナも明けてきた。それで、思い切って東京の有名店を辞めて、業務委託のサロンに移ったんです。期間は、「1年だけ」と決めました。

移ったのは、北千住や西日暮里のあたりの、すごくお客様の回転の速いお店。ここが、前のサロンとは真逆で、ブリーチに何時間もかけるような人はいなくて、ワンカラーやデジタルパーマ、トリートメント、縮毛矯正が多かった。私にとっては、逆に苦手な分野だったので、最初は苦労しました。でも、結果的に、この経験もすごくよかったですね。

この1年は、正直、めちゃくちゃしんどくて、面白くなかったです(笑) ここでは、オーストラリアだけを目標に、とにかく必死でお金を貯めることだけ考えて働いていました。おかげで、途中で韓国旅行に行ったりもしながら、140万円くらい貯められました。「海外へ行きたい」と思っても、なかなか動けない人が多いと思います。でも私の場合は、自分自身で1年と期間を決めて、そのために業務委託を選びました。今思うとこの計画性が本当に大事だと思います。

なぜ、オーストラリアを選んだのか

ワーホリで人気なのは、カナダ、オーストラリア、イギリスあたりですよね。私の中で、ヨーロッパは最初から「なし」だったんです。寒いし、お金もかかるし、時差もすごい。残ったのが、カナダとオーストラリア。カナダも、物価が高いイメージだし、距離も遠い。オーストラリアのほうが、飛行機も少し安くて、時差もマシだなと思いました。先に行っている先輩もいましたし、ワーホリの時給が高いとか、オシャレなイメージもあって「初めての海外は、オーストラリア ワーホリ 美容師 が働きやすいかな」と。それで、メルボルンに決めました。

留学エージェントに、助けられた

渡航の準備は、留学エージェントを使いました。Googleで調べてお願いしました。これが、本当に良かったですね。初めての海外だったので、何も分からない中で全部いろいろ教えてくれて助かりました。

ビザの手続きはもちろん、家の探し方や、送金アプリのWise、保険の事など。最初に働くサロンも紹介してくれて、「もし嫌だったら、向こうで変えればいいから」と。「まずはバックパッカーに何日泊まって、その間に内覧を何件くらいして」という、リアルなコツまで教えてくれました。費用は、最低でも80万円ちょっと、と言われて(そのうち20〜30万円くらいがサポート費用) あとは飛行機や保険、最初の生活費で飛んでいく感じです。「絶対、それじゃ足りないな」と思ったので、私はもっと多めに貯めてから向かうことにしました。

BLUE CANVAS編集部

ワーホリやビザの手続きは制度変更もあるので、サポートの手厚いエージェントに任せると安心です。まずは無料相談から → 【2026年最新】留学エージェントおすすめ比較4選|海外ワーカー15人に聞いた選び方

最初の2週間が地獄だった

念願のオーストラリア・メルボルン。でも、着いて最初の1〜2週間が、本当に地獄でしたね。まず、9月なのに、めちゃくちゃ寒い。「もうすぐ夏になる」と聞いていたので、冬服をほとんど持って行っていなくて。暖房をつけると、今度はルームメイトが暑がる。もう、ずっとドライヤーで手足を温めて寝ていました(笑)

家がまだ決まっていないストレスもあったし、内覧に行っても、英語が全然分からない。電車に乗れなくて、絶対に反対方向に行っちゃうし(笑) とにかく難しすぎて、結局、全部歩きかタクシー。友達もいないし、働いてもいないから、英語を話す相手が、レジの店員さんくらいしかいない。スタバとかで買い食いばっかりして、最初の1か月で、すごくお金を使っちゃいました。だからこそ、多めに貯めていって、本当によかったなと感じましたね。家探しは、「Flatmates」というアプリを使って、日本から事前に内覧を4件予約しておいて、着いてから回って決めていきました。

Flatmates とは?

Flatmatesは、オーストラリア最大級のシェアハウス・ルームメイト探しサービスです。シドニーやメルボルンなど、オーストラリア各地の部屋を家賃やエリアから検索でき、気になる物件の掲載者へ直接メッセージを送れます。ワーホリや留学などで、現地のシェアハウスを探す際に便利な定番サービスです。

日系サロンは、居心地がよすぎた

最初に紹介してもらったのが、メルボルンの日系サロンでした。オーナーさんは中国の方で、スタッフは全員、日本人。お客様は、日本人も、現地の人も、オーストラリアに住んでいるアジア系の方(中国・台湾・ベトナムなど)も来る。だから、接客は英語なんですけど、スタッフ同士は、ほとんど日本人でした。

最初の場所としては、すごく良かったんです。安心できて。でも、良くも悪くも、日本人といる時間が長くて。せっかくオーストラリアに来たのに、日本語をしゃべっている時間のほうが長いなって思ったんです。ワーホリの期間は限られている中で、自分が今しかできない事をちゃんとやるべきだなって。だから結局、3ヶ月で辞めることにしました。

二度とやりたくない、ファーム(農場) 生活

3ヶ月でサロンを辞めたのも理由があって、早めに「セカンドビザ」を取りに行こうと思ったからです。オーストラリアには、農業などを一定期間やると、ビザがもう1年延びる制度があって。3か月だけサロンで働いて、そのあと、ファーム(農場)に行きました。

本当に、二度とやりたくないです(笑) 行ったのは、タスマニアで3ヶ月、クイーンズランドで1ヶ月。ブルーベリーを摘んだり、野菜を植えたり。ずっとファームをやっている人って、実は美容師じゃなくて、普通にワーホリで来た人が多いんです。時給もいいし、イヤホンをしてブルーベリーを摘むだけでお金がもらえるので、慣れている。でも、私は美容師だし、大阪の都会っ子なので、田舎の暮らしが、本当にダメで。車も持っていないし、近くにお店もない。スーパーまで1時間、みたいな場所で。空気は綺麗だったんですけど、私には完全に向いていなかったですね。

しかも、ファームにも日本人がすごく多くて。ずっと日本人の先輩と一緒に住んでいたので、休みの日はNetflixで韓国ドラマを見たり(笑) 「私、何しにオーストラリアに来たんやろ」って。英語の面では、ちょっと無駄な時間だったな、とも思います。天候の関係で予定より長引いて、5月まで。給料明細を12枚と、口座の残高証明を提出して、やっとセカンドビザが取れました。この申請は、一人でやったので、結構大変でした。でも、達成感は凄くありましたね。

セカンドビザとは?

最初のワーキングホリデービザ(通常1年間)が終了した後、条件を満たせばさらに1年間滞在できるビザです。

オーストラリアのセカンドビザ(Second Working Holiday Visa)を取得するために、多くの人が行うのがいわゆる「ファーム(Farm Work)」です。正式にはSpecified Work(指定労働)と呼ばれています。 

セカンドビザ取得には、88日(最低3か月相当)の指定労働が必要です。

セカンドワーキングホリデービザ(Subclass 417)公式ページ

申請条件、申請方法、必要書類、滞在条件などが掲載されています

追い込むために、パース行きを決断

ファームが5月に終わって、メルボルンに帰ろうかと思ったんですけど、冬のメルボルンは寒いし、他の地域も見てみたくて。それで、一人で、パースにやってきました。

パースって、オーストラリアの左端なんです。メルボルンもシドニーもブリスベンも、全部、右側にあるんですけど、パースだけ、ぽつんと左。だから、「みんな行ったことない」って言うんですよ(笑) オーストラリアに来て、わざわざパースに行く人は、あんまりいないと思います。でも、パースもちゃんと都会ですし、それに、一番の理由は、日本人が少ないこと。メルボルンは、日本人もアジア人もすごく多くて、私、日本語をしゃべりすぎたな、と思ったんです。「もっと英語を追い込みたい」。その気持ちが強かったので、日本人が少ないパースという場所を選ぶことにしました。

ローカルサロンで、英語と格闘中

今は、パースのローカルサロンで働いています。日本で言うと、おしゃれな有名店というより、地域のショッピングセンターに入っている美容室。パースに何十店舗もある、創立30年以上の大きなチェーンで、安くて、リーズナブルなお店です。ファームが終わる頃に、気になるお店に履歴書をたくさん配って、面接をしてもらって、今のサロンが一番返信が早く、採用を決めてくれました。

ここでは、オーナーもスタッフも、現地の人。だから、毎日、英語と格闘しています(笑) 採用のトライアルのときも、たぶん大事なこと(週に何時間しか働けない、とか)を言われていたんでしょうけど、正直、よく分からなくて。「とりあえず、はい」って(笑) 私が英語をできないのは、みんな理解してくれているので、ChatGPTを使ったり、助けてもらいながら。お客さんとの会話で、本当に分からないときは、マネージャーが来て、英語を分かりやすく言い換えてくれたりしています。

一番難しいのが、カウンセリングです。私、ハイライト系のカラーが大好きなんですけど、こっちに来て、今はちょっと怖いくらいで(笑) 「暗い部分を多くしたい」とか「ハーフヘッドか、フルヘッドか」とか、細かい要望を、英語で正確に聞き取るのが、すごく難しい。やること自体は好きなんですけどね。それでも、最後は、なんとかなって、お客さんはハッピーで帰ってくれる。やりがいは凄くありますが毎日奮闘してますね。

オーストラリア ワーホリ 美容師1年のリアルな英語現在地

英語のことも、正直にお話しします。生まれがニューヨークなので、中学や高校では、英語のコミュニケーションの授業は得意でした。ノリで会話はできるタイプ。でも、文法とか英検になると、全然ダメで(笑)

渡航前は、ネイティブキャンプというオンライン英会話アプリを、半年契約で入れたんですけど、結局、5回くらいしかやっていません(笑) 直前にちょっと追い込んだけど、正直、あんまり継続できなかった。「来てからじゃないと、何が分からないかも自分で分からない」だから、全部、来てから学んだ感じです。

来てちょうど1年、正直、メルボルンに着いたころと、そんなに変わっていない気もします(笑)。まだ、流暢には話せない。トータルで、耳(リスニング)は良くなった気がします。相手の言っていることは、だいたい理解できる。でも、自分から話す(スピーキング)が、まだ難しくて、毎回ChatGPTに翻訳してもらっています。「3か月くらいで耳が慣れるかな」と思っていたけど、全然無理で。1年、かかりましたね。

メルボルンにいた頃は、「ランゲージ・エクスチェンジ」という、言語を交換するミートアップに、毎週参加していました。友達を作る目的と、英語を話す目的で。日本ではインドアの極みで、夕方まで寝ているような生活だったんですけど、こっちでそんな生活はもったいないから、一人でカフェに行って、店員さんと話したり、毎回オーダーの仕方を変えてみたり。お金を使いながら、英語を勉強する感じです。今のパースでは、日本人に一人も出会っていなくて、逆に寂しいくらい。ハウスメイトも日本語が通じないので、もう、喋るしかない。いい環境にいるな、とは思っています。

スタイリストになって、全部できてから来たほうがいい

これから海外に行きたい美容師さんに、私の今の実感から言えるのは、「圧倒的に、スタイリストになってから来たほうがいい」ということ。そして私の場合、日本を出る前に、業務委託で、苦手なカットも含めて、全ジャンルをやっておいて、本当によかったです。

最近は、「メンズしかやらない」「レイヤーはできるけどショートはできない」みたいに、一つに特化する人も多い。日本では、それでお客さんがつきやすいので、いいのかもしれません。でも、こっちに来ると、技術チェックもなく、容赦なく「はい、次のお客さん入って」と、どんどん入れられるんです(笑)「え、私の技術、確認しないの?」って。そのときに、全ジャンル否定されないぐらいのクオリティで一通りできたのは、すごく強みでした。もちろん、本当に無理なもの(メンズのフェードカットとか)は「できない」と言えば、代わって他のスタイリストが入ってくれます。でも、ある程度、全部できるようにして、スタイリストになってから来ないと、結構大変だと思います。

残り1年で、やりたいこと

ワーホリは、あと1年くらい残っています。目標は、はっきりしています。まず、英語を、今より絶対に上達させること。自分から、ポンポン言えるくらいに。実は、カウンセリングの動画を撮りたいんですけど、今の私の英語だと、とても人に見せられるレベルじゃなくて(笑) だから、ある程度、会話できる英語力は、絶対に身につけたい。

そして、技術。こっちのホイルカラーやバレイヤージュ、ブローなど、海外方式の技術を、もっと身につけたい。まだパースで働き始めて2ヶ月なので、これからです。ほかの国にも行ってみたいので、この1年で、英語も技術も、全部、完成させられたらな、と思っています。

BLUE CANVAS編集部

海外への憧れから、手に職をつける為に美容師を選んだ麻衣良さん。辛いファーム生活を乗り越え、自分を追い込む為に選んだ日本人のいないパースでの暮らし。インタビューを通じて、現地オーストラリア ワーホリ 美容師のリアルな体験談を飾らない言葉で「まだ全然できない」と笑いながら、それでも一歩ずつ前進する彼女の姿は、すべての環境や障壁も彼女自身の人生を楽しんでいるように感じました。

山本 麻衣良 (ヤマモト マイラ) 1999年生まれ|大阪出身

オーストラリア・パース|美容師


美容師。大阪・東京で腕を磨いたのち、2025年にワーキングホリデーでオーストラリアへ。メルボルンの日系サロンを経て、現在はパースのローカルサロンで活動中。

Instagram  | @maira.imunida

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