
「海外で働きたい」と思う美容師は、たくさんいます。でも、家族を連れて本当に飛び込み、自分の店を持つまでいく人は、ほんのひとにぎりです。東京の人気サロンから、奥さんを連れてオランダへ。来てからわずか3年半で自分の店を開いた、ある日本人美容師。どんな決断をして、どんな壁をこえてきたのか。これから海外をめざす人のために、本人に語ってもらいました。
笠原怜さんの人生ロードマップ

東京で一番になるのは、むずかしいと思った

もともと、作品をつくるのが好きなタイプでした。ヘアメイクの現場で腕をみがいた時期もあります。東京でずっと働いていて、まわりにはすごい人がたくさんいました。尊敬もしています。でも、自分が満足できる結果という意味では、どうしても自信が持てなかったんです。東京で一番をめざすのは、自分にはむずかしいなと感じていました。落ちこんだというより、「自分を表現する場所を、どこにするか」という気持ちでした。それなら、その場所を海外に探してみよう。そう思うようになったんです。
家族で暮らせる国、それがオランダだった

オランダに、特別な思い入れがあったわけではありません。どちらかというと「日本から出てみたい」という気持ちが先でした。だから、自分の条件に合う国を探した結果が、オランダだったんです。
理由はいくつかあります。まず、フリーランス(自分で仕事をする人)のビザが取りやすいこと。英語が広く通じること。そして、結婚していた自分にとっていちばん大きかったのが、「家族で長く暮らせるか」でした。子どもが生まれても、ずっと住みつづけられる場所。全部を合わせて考えたとき、オランダがいちばん合っていました。
引っ越す前に、家族で2週間ほど現地に行ってみました。実際に過ごしてみて「いいな」と思えたことで、不安よりも前向きな気持ちのほうが大きくなりました。
貯金300万円、家族を連れての決断
一人で行くのと、家族を連れて行くのとでは、背負うものの重さがまるでちがいます。当時は妻も働いていて、夫婦で力を合わせての挑戦でした。
家族がいる以上、納得してもらえるだけの理由が自分になければいけない。自分のお金だけで行くわけではないですから。だから「オランダなら一番を取れるかもしれない」という気持ちを、ちゃんと言葉にして家族に伝えました。
引っ越したとき、夫婦で日本の口座にあったお金は、およそ300万円。じつはこの金額が、あとで思わぬ場面で役に立つことになります。
就職先はインスタからDMした1件から
海外で仕事を見つけるというと、特別なルートを想像する人が多いかもしれません。でも、自分の入り口は、おどろくほどシンプルでした。きっかけはインスタグラムです。求人サイトの募集ではなく、SNSで見つけた1件から、最初の職場になる日系サロンにつながりました。
引っ越す前の下見のときに、そのサロンへお客さんとして行って、直接「働きたい」と伝えました。決め手になったのは、コツコツ作りためてきた作品の多さだったと思います。
向こうからすれば、自分がどんな人間か全くわかりません。でも、テスト撮影でもサロンの仕事でも、やめずに作品を作りつづけて、自分のホームページにものせてきました。今もずっと発信しているという「数の多さ」が、信頼につながったんだと思います。オランダには日本のような国家資格はないので、資格よりも、これまで作ってきたものが評価されるんです。
ただ、オランダにくる前に、現地採用はほぼないと思うのでまずはフリーランスビザを取得する手順を確認するのがいいかもしれませんね。現地採用されるにしてもビザを会社から下ろすケースはすくなくて、まずはビザがちゃんとあるか確認されるので。
ビザ取得に大事な条件
🔴英文での銀行の残高証明書(4,500ユーロ以上)を取得する
その他、オランダの個人事業主ビザの申請には、次の書類を準備しておきましょう↓
- オランダ語に翻訳されたアポスティーユ承認付きの戸籍謄本または戸籍抄本
- ビザ申請書(こちらからダウンロード可能)
- 銀行口座の英文残高証明
- ビジネスプラン
- パスポートのコピー
- ビザ申請料
- 賃貸契約書
- 一時滞在許可証ステッカー(パスポート)
- First registration申請用紙(居住地域の市役所ウェブサイトからダウンロード可能)
オランダ個人事業主ビザの申請手順
出典元 オランダ個人事業主・フリーランスビザ取得ガイド!条件・手順・費用・事前準備まで解説
いちばんの壁は、移住の手続きだった
仕事を見つけることよりも、じつは「働くための手続き」のほうが大変でした。これから来る人のために、流れを整理しておきます。
ステップ1:アポスティーユ(公的な書類につける国の証明)をつけた戸籍謄本(こせきとうほん/自分の身分を証明する書類)の英訳を、日本の外務省で用意する。ここが出発点になります。
ステップ2:先に現地へ行き、住む家をさがす。住所が決まらないと、その先に進めません。
ステップ3:住所が決まると、住民登録の番号がもらえる。これがいろんな手続きのカギになります。
ステップ4:その番号を使って、銀行の口座をひらく。
ステップ5:ビザを取る。自分の場合はフリーランスのビザで、はじめは2年間でした。
いちばんの難所は「家」でした。家を借りるには、十分な収入がある証明が求められます。大家さんは、安定した仕事と給料明細(直近3〜6か月分)を持つ人を好みます。でも、来たばかりだと、収入は見こみでしか示せません。
そこで役に立ったのが、あの口座のお金、およそ300万円でした。これまでどうやってかせいできたかも合わせて見せることで、家を貸してもらう判断材料になりました。日本も海外も同じで、ある程度の見こみがある人じゃないと、家は貸してもらえない。逆に言えば、そこがはっきりすれば、話は前に進みます。
必要な情報の多くは「オランダ フリーランスビザ」で調べれば出てくる程度のものでした。じつは、日本にいたころから情報を発信していた先ぱいに現地で直接会えて、助けてもらえたことが、今につながっています。
※ ビザや在留の制度は変わることがあります。最新の情報は、ご自身でも確認するようにしてください。
英語は、思っていたよりずっと必要だった

これから来る日本人にいちばん言いたいのは、語学は勉強してきてほしい、ということです。自分のお客さんは、日本人が2〜3割。残りはオランダ人をはじめ、いろいろな国から来た人たちです。英語の力は、ぜったいに強く求められます。
どのくらいできればいいか、とよく聞かれます。最低限のやりとりができればいい、と答えています。ただ、その「最低限」は、日本人が思っているよりずっと高いんです。7年いて多くの日本人を見てきましたが、十分な英語力で来た人を見たことがありません。「英語はなんとかなる」と思って来る人が多いけれど、なんとかなりませんでした。
自分は、行く前に英語コーチングの「プログリット」で集中して学びました。3か月のコースで、週に18時間以上。週6日、1日3時間です。費用は30〜40万円かかったので、妻を説得して受けました。文の組み立て方や読み方を、基礎から一つずつやっていく。そのやり方がすごく大事でした。やりきれた理由は単純で、「オランダに行くと決めていたから」です。
ただ、基礎を固めても、現地で「生の英語」を聞くとまたちがいます。外国人を前にすると、つい緊張してしまう。発音も話し方も人によってバラバラです。そこでおすすめなのが「シャドーイング」。TEDのような動画を聞いて、そのまま声に出してくり返すんです。聞いて、自分の口で言った瞬間に覚えられる感じがあります。ノートもいらないし、いちばん手軽で、いちばん大事な勉強法だと思っています。
英語の学び方(本人の場合) ステップ1(行く前):英語コーチングで、基礎(文の組み立て・読み方)をしっかり固める。「勉強のやり方」そのものを身につける。 ステップ2(行ったあと):シャドーイングで、生の英語に耳と口をならし、実際に使えるレベルにする。
そして、自分の店を持った

日系サロンでの仕事を経て、2023年6月、ついに自分のサロンをオープンしました。来てから3年半。けっして長くはない時間でした。
オランダのいちばんの魅力は、その「自由さ」だと思っています。ゼロを1にする作業が、すごくしやすい国なんです。いろんな人が、いろんな考えで暮らしている。だから、自分のやりたいことを表現しやすい。店のデザインも、ビジネスのやり方も、受け入れてくれる人が多いんです。
東京で理想になりきれず、どこか息苦しさを感じていた自分にとって、オランダは自分を受け止めてくれる場所でした。日本人へのあたりもやわらかくて、いやな思いをすることはほとんどありません。いろんな国の人がいるのが当たり前の社会だからこその、おおらかさがあります。
これから海外をめざす美容師さんへ

これから挑戦する人に、正直に伝えたいことがあります。いきなり専門学校を出てオランダへ、というのは、正直きびしいです。日本である程度の力をつけて、お客さんがまた来てくれるくらいのスキル、せめて一人で担当できるところまでいってから来たほうがいいと思います。
仕事さがしを人にたのむか、自分で動くか。これはそのときの状況によります。でも、自分でお金を払って、自分の体で経験したことが、あとでいちばん強くなる。だれかにやってもらうより、一度自分でいろいろやってみたほうが、いい経験になると思っています。
自分の力で進む人もいれば、ビザや家さがしを手伝ってもらいながら一歩をふみ出す人もいます。大事なのは、自分の状況に合った道を選ぶこと。まずは知ることから始まります。
東京で「一番」になることをあきらめた自分は、海をこえた先で、自分の名前をかかげた店を持ちました。同じように迷っている人の背中を、少しでも押せたらうれしいです。
